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    山陽クラウンズに迫る

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      1950年の時代背景を見てみると、この年からプロ野球界はセ・パ2リーグに分裂します。球団数も従来の8球団から一挙に15球団にまで増加し、それ伴い各球団は優秀な選手を確保するのが急務となり、他球団からの引き抜き合戦やノンプロ球界からのスカウトで野球界には大枚が飛び交いました。


      そしてこの現状に一石を投じようと立ち上がったのが山陽電鉄でした。他球団やノンプロからの選手引き抜きには採算が合わない盲点を狙い、金まみれのプロ野球界の浄化を目指して無名でも若い素質のある選手を鍛え上げ、選手には野球の技術だけではなく教養を習得する機会も提供し、金をかけずにクリーンなプロ選手たるふさわしい野球選手を育成し、野球界に送り込もうという壮大な計画を立てました。


      球団の正式名称が「神戸クラブ山陽野球団」と決まったのは、伝統野球の兵庫に一つのプロチームもないのはさびしいという想いから球団名に神戸クラブを冠し、将来的には本格的に野球界への参戦を視野に入れ、以下3つのビジョンを柱に山陽電鉄は一軍の母体を持たない独立二軍のプロ野球球団を経営することになりました。


      1.選手を育成しプロ野球球団に移籍させる → 移籍金
      2.他球団から若手選手を預かり代わりに育成する →選手育成の委託料
      3.二軍戦の開催 →試合収入


      浮田氏は二軍を持たない西日本パイレーツから、「2」の委託の形で山陽野球団に預けられたことになります。
      委託費はボール代、合宿費負担で一人一月1万円でした。

      浮田氏の証言によれば、山陽野球団創設時の代表(総監督)は内藤氏、監督は村井竹之助氏でしたが、8月に内藤氏が急逝のため代わって加藤吉兵衛氏が代表(総監督)に就任したとのことです。内藤氏については残念ながら苗字しか分からないため詳細な経歴は分かりません。どなたか内藤氏のことをご存知の方がいらっしゃいましたら教えていただきたいです。


      内藤に代わって総監督に就任した加藤吉兵衛は早稲田大出身。神戸球界の元老格でした。
      監督の村井竹之助は加藤と同じく早稲田大出身の一塁手・外野手で、1934年(昭和9年)の全日本の一員でもありました。


      山陽野球団の選手寮は社史に記載の通り須磨にあり、選手たちは毎日11時〜16時まで主に明石球場で練習し、明石球場が使用できない日は神戸の浜の宮運動場で練習をしました。wikipediaによれば本拠地は姫路球場となっていましたが、これはおそらく浜の宮運動場のことでしょう。ただし、実際に練習のメインで使用していたのは明石球場であり浜の宮運動場ではありません。


      総監督の内藤氏が急逝し代わって加藤吉兵衛氏が総監督に就任したのちに、山陽野球団のニックネームは山陽クラウンズと命名され、10月1日には同3日に明石球場で阪急、南海を招いて3球団で「山陽野球団誕生プロ野球二軍リーグ戦」が開催される事が発表されました。

      また10月16日に開催されたセリーグの代表者会議で、11月21日から開催される初の二軍の公式戦となる「第1回マイナーチーム選手権大会」へ山陽野球団の参加も決まります。


      次回は山陽クラウンズの初試合についてを書く予定です

      =つづく=

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