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    • 2017.01.17 Tuesday
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    キャリア通算203勝だった斎藤雅樹

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      久々にブログ更新。

      先日、2016年度の野球殿堂入りが発表された。斎藤雅樹は最も好きだった選手の一人。
      思えば自分にとって1990年代は野球熱が最も高かった時代。斎藤が投げる試合は本当に負ける気がしなかった。


      ピッチングもさることながら、打ってもしばし野手顔負けのバッティングを見せた。
      それゆえに1年目の1983年は、二軍首脳陣の間でも投手をさせるべきか野手をさせるべきかで意見が割れた。
      5月、当時の藤田監督が「自分の目で確かめる」ために二軍練習場の多摩川グラウンドを視察。
      その際に横から投げることを指示し、投手で行くことが決まった。


      サイドスローの転向を指示したのは藤田監督だったが、新人時代の斎藤はずっと二軍にいたため、その後、実際に指導したのは二軍投手コーチの木戸美摸。木戸二軍投手コーチの功績も大きいのではないか。


      斎藤は今年から二軍監督に配置転換。そんな斎藤の現役時代の二軍での成績。
      二軍通算では23勝。一軍の180勝と合計すると、キャリア通算で203勝となる。

      斎藤雅樹

      一度は1985年に一軍でブレークするが、その後3年間は伸び悩み。1989年以降の働きについてはいまさら言うまでもないが、
      入団1年目の1983年から1988年までの間は二軍でも48試合に登板して15完投、22勝。
      1989年に11連続完投勝利で「ミスター完投」の異名がつくが、二軍ではその兆しがあったのだ。


      せっかくなので、打者としての斎藤の二軍成績も掲載。



      この表には載せていないが、犠打が通算10個。11打席に1個の割合で四球を選んでおり、1984年には投手ながら盗塁を記録。
      やはり野手としてのセンスもあったのだということを感じさせるSTATSだと思う。
       

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        • 2017.01.17 Tuesday
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