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    初めて指名打者が採用された日

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      5月29日、日本ハムは指名打者を解除して先発の大谷翔平を6番に入れた。
      黄金時代の西武が優勝決定後に日本シリーズ対策で指名打者を使わずに9番に投手を入れたことはあったが、指名打者制度導入以降、試合当初から指名打者制度を使わずに純粋に投手を打順に入れるのは初めてのことだったらしい。


      日本プロ野球において、パリーグで指名打者制度が導入されたのが1975年のこと。それよりも4年前の1971年、イースタンリーグで指名打者制度導入についてを検討していたことは以前に紹介したが、今回は日本プロ野球で初めて指名打者が採用された日を紹介したい。


      イースタンリーグで指名打者制度導入が検討された4年前の1967年までさかのぼる。この年の11月1日から巨人、大洋の2球団による秋季教育リーグが7試合組まれるが、この7試合で”投手への指名代打制度”が試験的に導入された(この頃は、指名打者という用語がまだなかった)。

      投手への指名代打制度のルールは、「両チームはスターティングメンバーに投手を入れるが、投手が打席に入るたびに代打を送ることができ、代打を送られた投手は交代することなく引き続き次の回もマウンドに上がれる。」というもの。

      1967年11月1日、大洋−巨人の教育リーグ第1回戦の先発は大洋が淵上澄雄。巨人が菅原勝矢。
      淵上は打順9番、菅原は打順8番に入るが、この両者が打席に入るたびに代打が送られた。初めて指名代打で打席に立ったのは、大洋が小山正で巨人が塩原明だった。

      小山は淵上に代わって2打席立ち、3打席目は古田忠士が起用された。一方の巨人は1打席目が塩原、2打席目が滝安治、3打席目は槌田誠が代打で起用されるが、大洋、巨人ともに指名代打で起用された選手は3打数無安打に終わった。


      この後、イースタンリーグでもしばらく指名打者制度は封印されるが、1972年のイースタン春季教育リーグで再び試験的に導入されている。
       

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