スポンサーサイト

0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    • 2017.01.17 Tuesday
    • -
    • -
    • -
    • -
    • by スポンサードリンク

    第2回 岡田展和

    0

      本日はミスター敗戦処理こと岡田展和投手です。1992年〜1999年の8年間巨人に在籍、背番号は若い番号の13番をつけていました。1994年〜1998年の5年間は153試合に登板しているので、この5年間は1年平均でも30試合前後投げていたことになります。しかしながら、2014年に発売された巨人軍の80年史には岡田の事はどこにも紹介されていません。また、当時からの巨人ファンでもある私の友人は「岡田って誰??」と言います。1990年代は巨人戦が全試合テレビ放送されていた時代なのになぜ?

       

       

      岡田は敗戦処理の役回りが多かったため、試合が劣勢の状況、大敗の状況の中での登板することが大半でした。試合を諦めた巨人ファンはテレビのチャンネルを野球放送から変えてしまい、岡田が登板している頃には違う番組を見ており登板数の割に地味で印象が薄かったのではないかというのが私個人の見解です。

       

      岡田のプロ野球選手としてのキャリアのスタートは西武ライオンズでした。あの清原和博と同期入団で同じ高卒組だったこともあり親友関係にあったと言います。1990年にプロ初完封勝利を含む3勝を挙げますが、伸び悩んでいたこともあり1991年オフに松原靖とのトレードで巨人への移籍が決まります。

       

      すると斎藤雅樹にサイドスロー転向を命じたことでも知られる藤田監督から、さっそくサイドスローへの転向を指示されます。サイドスローが板についてきた移籍2年目の1993年、イースタンリーグで41試合に登板して17セーブ、防御率0.94の成績を残します。この好成績を手土産に翌1994年に一軍に定着。強気な投球が身上で、1994年の前半戦は不調の橋本清に代わって勝ち試合のセットアッパーを任されることも多く、この年は自己最多の41試合に登板、4年ぶりの勝利とプロ初セーブもマークします。

       

      岡田の最大の特性といえば、「10球程度の投球練習をすればOK」という肩の出来の早さにありました。そしてそんな岡田の特性を生かす日がやってきます。1994年7月1日のヤクルト戦(神宮球場)。先発はミスター完投こと斎藤雅樹。しかし斎藤は2人目の打者・荒井に投じたこの日6球目が頭部を直撃。この年に決められた危険球ルールにより一発退場となり、プレーボール早々にマウンドを降りることになります。完投が計算できる斎藤が先発の日の初回、当然ながら巨人ブルペンでは誰も準備していません。この緊急時にマウンドに上がったのが、肩の出来の早さに定評のあった岡田でした。

      しかし、岡田は代わりっぱなにいきなり広沢にホームランを浴びて初回に2点を失います。2回、3回も失点を重ねる毎回失点で試合を壊しかけます。「ふざけんなよ」と多くの巨人ファンが思ったことでしょう(私は思いました)。

       
       

      そして岡田のもう1つの特性は、当時の巨人の投手陣の中でも1、2を争う俊足の持ち主ということでした。普通に考えれば投手の足の速さが生かせるような場面というのはそうそうないのですが、1996年8月7日の阪神戦(東京ドーム)は1−1で延長12回までもつれ込みます。12回裏に先頭の杉山直樹がヒットで出塁すると、まだ野手がベンチに残っている状況の中で代走に指名されたのが、投手ながら俊足の持ち主でもある岡田でした。すると代走の岡田は村田真の犠打で二塁まで進み、最後は川相のタイムリーで岡田がサヨナラのホームを駆け抜けます。プロ15年間で岡田に唯一の得点が記録された瞬間でした。

       

      敗戦処理ながらも地味に巨人投手陣の中で地位を築いてきた岡田でしたが、1999年オフに巨人を自由契約になり横浜に移籍します。横浜の入団会見の際に巨人戦へのリベンジを宣言しますが、2000年はわずか8試合の登板の終わり、1年限りで横浜から戦力外通告を受けて引退します。

       

      冒頭にも書いた通り、敗戦処理の役回りが大半ながらも1994年から1998年の5年間は150試合以上に登板しており、第二次長嶋巨人を支えた一人だと思っています。選手の顔と名前を覚えるのが苦手な長嶋監督は、入来祐作と岡田の区別がつかず、入来に対して「岡田、調子はどうだ?」と間違って声をかけていたという事を後に入来が語っていました。


      スポンサーサイト

      0
        • 2017.01.17 Tuesday
        • -
        • 19:32
        • -
        • -
        • -
        • by スポンサードリンク

        コメント
        コメントする








           

        PR

        calendar

        S M T W T F S
           1234
        567891011
        12131415161718
        19202122232425
        262728293031 
        << March 2017 >>

        野球ブログ瓦版!

        ゆるすぽweb

        selected entries

        categories

        archives

        recent comment

        • 三軍の歴史−下−
          名無し
        • ルーキーイヤーの松井秀喜の二軍成績
        • ライト中畑清
          管理人
        • ライト中畑清
          XLIV
        • 金城龍彦の父のプロ野球選手時代
          マニア
        • 山崎福也の父は二軍の強打者だった
          れみちち
        • 巨人軍多摩川グラウンド跡地を訪ねて
          管理人
        • 巨人軍多摩川グラウンド跡地を訪ねて
          管理人
        • 巨人軍多摩川グラウンド跡地を訪ねて
          たか
        • 吹石徳一の二軍成績
          イレブン

        links

        profile

        search this site.

        others

        mobile

        qrcode

        powered

        無料ブログ作成サービス JUGEM